本とハーブと日々のこと、あれこれ。

読書メモや本にまつわること、アロマやハーブに関すること、日々思うことなどを書いていこうと思っています。

今読んでいる本 23

本を読むときは、1冊をじっくり読むというわけではなく、数冊(2〜4冊)を並行して読みます。

 

今現在、読んでいる本のメモです。

 

●『痕跡本の世界』

古沢和宏 著

ちくま文庫

2015年発行

→古本の中に残された、元の持ち主によるメモや感想、挟み込まれた手紙や写真。著者はそんな痕跡から妄想を膨らませ、またある時は分析をする。痕跡本から本と人との関係性を考えた本。

 

●『世界一周恐怖航海記』

車谷長吉

文春文庫

2010年文庫化

→還暦を過ぎた著者は嫁はんにせがまれ船で世界一周の旅に出ることに。著者曰く、“小さなより濃密な日本社会”の船内の同行者たちを観察考察したり、自らの半生を顧みたり、降り立った異国の地での思いを綴ったりした航海記。

 

●『内地の歩き方 沖縄から県外に行くあなたが知っておきたい 23のオキテ』

吉戸三貴 著

ボーダーインク

2017年発行

→現在、コミュニケーションスタイリストとして活躍する沖縄出身の著者。そんな著者は大学時代に東京での生活になじめず帰郷。その体験から、進学や就職で沖縄を出る人たちに向けて書かれたガイドブック形式のアドバイスの数々。内地流の適度なコミュニケーションの取り方、内地の「律し合う文化」と沖縄の「許し合う文化」など、内地出身の人間でも「なるほど」と思える一冊。

今読んでいる本 22

本を読むときは、1冊をじっくり読むというわけではなく、数冊(2〜4冊)を並行して読みます。

今現在、読んでいる本のメモです。

●『ときどき意味もなくずんずん歩く』

宮田珠己

幻冬舎文庫

2007年文庫化

→発作的に大阪から奈良の大仏を目指して歩き、カヌー→テレマークスキー沢登り→マウンテンバイクを経てたどり着いた趣味はスキューバダイビングではなくシュノーケリング、オランダのアムステルダムではガイドブックや地図を持たずに迷子を目指すも何なく目的地に到達、などなど。旅と日常を綴ったエッセイ集。

●『行ってはいけない世界遺産

花霞和彦 著

CCCメディアハウス

2015年発行

→世界60ヵ国以上の世界遺産を訪れた著者による、世界遺産に行ってガッカリしないための個人的な見解で書かれたガイドブック。ナスカの地上絵は実際にセスナから見てもよく見えない上にアクロバティックな飛行にリバースする危険あり、ギリシャアクロポリスにあるパルテノン神殿は修復工事による再現で間近で見ると古代感なく興醒め、など。とはいえ、やみくもに否定しているわけではなく、おすすめできるポイントなども紹介。

今読んでいる本 21

本を読むときは、1冊をじっくり読むというわけではなく、数冊(2〜4冊)を並行して読みます。

今現在、読んでいる本のメモです。

●『逃亡くそたわけ』

絲山秋子

講談社文庫

2007年文庫化

→福岡にある精神病院を抜け出した「あたし」と名古屋出身の「なごやん」。「なごやん」のぼろぼろの車に乗って、二人は福岡から、阿蘇、さらに南へと走って行く。

●『旅をする木

星野道夫

文春文庫

1999年文庫化

→季節がページをめくるようにはっきりと変化してゆくアラスカ。壮大で美しく厳しい自然と動物たち、そこで出会った先住民と白人たちの生活を綴った33篇を収録した一冊。

鹿にもまれて

最近、奈良公園周辺の市街地を鹿の群れが走り去る様子を映した動画が、ニュースなどで取り上げられている。

30頭ほどの鹿の群れが2列くらいになって餌場を目指し、朝の市街地を疾走しているあれだ。

しかし私は2年ほど前、あれの比ではないほどの鹿の大群の爆走に巻き込まれたことがある。

それは春日大社の参道だった。

奈良旅行中の私と母親が、春日大社から奈良国立博物館を目指し広い参道を歩いていると、いきなり、正面から鹿の大群が猛烈な勢いで走ってきた。

数なんて数えてないが、かなりの量だ。

しかもやつらは横広がりに広がってやって来る、スピードもアクセル全開でエグい。

私と母親は横道に逃げる余裕などなく、でも2人ともとっさに下手に動くとヤバいと判断、おそらく鹿は避けて走り去るだろう、むしろ避けてくれと祈りつつ、鹿の大群に飲み込まれながらも耐えた。

そして実際、鹿たちは見事に私と母親を避けて走り去って行った、たまにカスってたけど。

時間にしたら十数秒ほどだったかもしれないが、私的にはかなり長い時間のように思えたし、実際スローモーションのような感じがした。

しかし無事だから良かったものの、小さい子どもとかやったらたぶん大惨事。

そして私はというと、安定のトラウマ、鹿怖え。

それプラス、あの動画を見ることにより、鹿に対する苦々しい思いも絶賛増幅中。

コビトカバが消えた

大阪のエキスポシティにあるニフレルとかいう施設にコビトカバがいる。

オープン前に見ていたテレビ番組でそのことを知った私は、ぜひコビトカバに会いたいと思ったが、オープンしたら家族連れとかいっぱいでコビトカバどころではないと判断し、そのうち段々忘れていった。

それから後(少なくとも1年以上は経過)、テレビを見ていたらニフレルが取り上げられていて、コビトカバも紹介されていた。

でもそれは、私がオープン前のテレビ番組で見た個体とは確かに違っていた。

私が知っているのはモトモト君とかいう名前のオスのコビトカバだ。

しかし、その番組に登場したのは、名前はすっかり忘れたがメスだった。

「モトモト君はどこに消えたんだ? 確かオープンしてまだそこまで経ってないよな。たった1年やそこいらのうちに何があったのか。これはまさか。。。」と、私は怖くなって一人震えてしまった。

この時代、インターネットで検索したら答えは簡単に見つかるだろう。

でもただでさえアナログな私が、たまにインターネットに繋がったとしても、どうしてそんなことを覚えていて検索にまでたどり着くのか。

とか言ってるうちに、ネットでニフレルの公式サイトにいってみたら、モトモト君健在。

ただ単に、新しくやってきたメスのフルフルちゃんと、しばらくは交互に登場させながら、将来的にカップル成立を目指すらしい。

無事でよかった。

と、一人勝手に震え、よからぬ疑念を抱いていたのは私で、それはあっさり消え去ったのである。

猫去りし後

気分がすぐれない。

GWが明けて仕事行って、ますます気分がすぐれない。

連日わけのわからない夢を見る。

昨夜は六甲山上(実際に行ったことはない)で六甲おろしが流れる中、山道を下ろうとしたらいきなり現れた池にはまり靴を濡らし、こりゃいかんと思い来た道を引き返そうとしたら、今度は猛烈な砂嵐に襲われ、目もろくに開けられぬ状態でなんとか先に進むと、そこは真っ暗な洞窟の中で、さらにその先に進むと目の前にはメソポタミア文明みたいな黄金の顔があちこちにあって(実際のメソポタミア文明にそのようなものがあったかは知らない)、その洞窟を出たら日本の観光地丸出しみたいな場所で人がわらわらいて、また別の洞窟があったけど、そこに入る前に目が覚めた。

そして、その時一緒にいたのが、小学校の同級生で別に仲が良いわけでもなかった女の子2人だった。

もうわけがわからない。

わけのわからない夢を見るのはよくあることだけど、連日だとさすがにぼんやりする。

それはさておき、なんでこんなに気分がすぐれないのか。

それは、ミュージカルCATSの大阪公演が千秋楽を迎えてしまったから、終わってしまったから。

毎月の心の支えがなくなってしまった私の気分がすぐれないのは当然のことである。

この先、絶対的に日々のストレスの根源である仕事をどう乗りきっていけというのか。

もう絶望しかない。。。

とか言いながら、観劇中にちょいちょい寝落ちしていたのは私だ。

しかしながら、私のCATSに対する愛はなかなかのもんだと思う、たぶん。

今の仕事に就いた理由も、決まった曜日に休みが取れるのがCATSを定期的に観劇する上で大変望ましいというもので、始めから「とりあえずCATSの千秋楽までは続けるか」くらいの心意気だった。

それが「まあもうちょっと続けてもいいかな」と思っている矢先に、千秋楽を迎え、もう断崖絶壁から突き落とされるくらいの勢いで気力が失せた。

おかげさまで、CATSが終わって気分がすぐれない私は、ますます仕事中に死んだ魚のような目をしながら、拭いきれない疲れを蓄積させて日々を送っているという話。

要するに、猫ロス。

今読んでいる本 20

本を読むときは、1冊をじっくり読むというわけではなく、数冊(2〜4冊)を並行して読みます。

今現在、読んでいる本のメモです。

●『銀座缶詰』

益田ミリ

幻冬舎文庫

2013年発行

→街角で若い女性たちにしか配られないポケットティッシュを配られなくなったり、自分より若い人と食事に行ったときにお開きの時間を告げる役目を担うようになった40代。でも、時に夜遊びもするし、まだまだやりたいこともある。失った「若者」だった時間と、尊い「今この瞬間」をつづったエッセイ集。

●『ロシアは今日も荒れ模様』

米原万里

講談社

2001年文庫化

→ロシア語会議通訳者でエッセイストである著者がみた、ロシア人とウォトカ、ゴルバチョフエリツィンといった時の権力者から文化人、市井の人びとまで。ソ連崩壊からの90年代のロシアとロシア人に関するエッセイ集。